スペシャルトーク

〜物つくりには四角四面で凛とした心構えも必要ですが、
時として『機嫌よう遊びなはれ』という、 洒脱なところもあってええやないかと。
そんな気持ちで思い入れのあるお話をさせていただいております〜



エッセイ
田辺聖子

 私は現代の市松人形(いちまサン)にはあまり興味がなく、古い時代のふがいい。それで京都の人形骨董品店で見つけたのを蒐めている。
 顔はずいぶん時代で変わるもので、私には昭和初期ぐらいのがいちばん好ましい。
 女の子が七、八体、男の子が十体ばかりだろうか、それぞれ「月太郎」とか「雪之介」だとか、「久子」なんて名をつけているが、私の場合、人形はあまりもの言わない。
 私はヌイグルミも好きでこれもちょっと数え切れぬぐらいいるが、もの言うのはこちらのほうで、
「もっとお客サンによう見えるトコへ連れてってえ」とか、
「写真うつすとき抱いてえ」とか、自己主張が強くて、うるさいったらない。
市松人形(いちまサン)の場合、しゃべるのは私のほうである。
「あンた、どんな子ォに可愛がられてきたン?」などと、男の子をしげしげと見て、私はたずねたりする。ちりめんの着物に、ちりめんの襦袢、黒足袋をはかせてもらい、その子は泣きだすのを怺(こら)えてるような、精いっぱい、ふんばった顔をしている。
 それから眼も頬もクリクリした、元気いっぱいの男の子もいる。銘仙のお対(つい)を着せられて、いかにもいつくしまれたという育ちのよさである。
「あンた、何を見てきたン?」と私訊くのである。しかし、彼ら彼女らはニコニコとしているだけ──。
 人形は、人間の子供時代が凝って形をなしたものだ。いちまサンがみつめているのは無限の「永遠」なのかもしれない。
 私はそれらをガラスのケースに入れるのは好きでないので、仕事部屋の長椅子に坐らせ仕事に疲れると彼らの傍へいって話しかけるのである。

   

 先日は、お忙しいところをおじゃまし、ほんとうに楽しゅうございました。
 
前略、田辺 聖子様
 

 いつか雑誌でお見うけした田辺聖子さんは、膝の上に市松人形を抱いておられ、私にはエッセイによくでてくる「あーそびましょ」という言葉で、お人形さんとお話されているように見えました。
 そんなお人形の親ごさんのようなお方に、人形へのいとおしさを書いていただけたらと、ご無理申し上げました。
 ひとりひとりをソファーに坐らせて、
「この子の着物はお手製ですの」
「この帽子は、外国のおみやげにいただいたものを・・・・・・・・・」
「これは赤ちゃん用のくつ下をはかせてあげて・・・・・・・・・」
と、目を細めてのお話しぶり。
 そして、
「みんなユニークな名前をつけてますのよ」
と、またひとりひとりを膝の上に抱きあげてのご紹介。
「この前の号で大村しげさんが、おばあちゃんに祝うてもろた市松さんを、今でも大事にしてますと言うてはったけど、私は子供の頃のを、全部空襲で焼いてしもたから──」
 とポツリと一言。
だから、今のお人形さんとは、全部縁あって親となり、こうして一緒に暮らしておられるのでしょう。
 人形のつくり手もひとりの親。いつまでもその先々での暮らしぶりが、気にかかるものです。
 お訪ねして、お話しさせてもろて、ほんまにありがとうございました。

大久保 亨